発達障害者の障害者雇用の実態と工夫(3) 〜第69回発達支援力アップデートセミナー〜

障害者雇用

発達障害者の障害者雇用の実態と工夫(3)

はじめに

1月28日に行われた、こども発達支援研究会主催「第69回発達支援力アップデートセミナー 」。前回の記事に引き続き、講演後のアンケートにあったご意見・ご質問に答えていきたいと思います。前編は以下の記事をご覧ください。

発達障害者の障害者雇用の実態と工夫(2) 〜第69回発達支援力アップデートセミナー〜
発達障害者の障害者雇用の実態と工夫について。セミナー後のアンケートにあった「本日の講師から『この話も聞きたい!」と思ったテーマは?…」のご意見・ご質問からいくつかピックアップしコメントをまとめました。今回は前編です。ご興味ある方はぜひご覧ください。

講演後のアンケートより(後編)

社員として障がい者手帳を持つメリットどデメリット

手帳を持つメリットは、就職活動で「障害者枠」を活用できることです。障害者枠であっても、採用人数には限りがあるので、他の応募者との競争はあります。ただ、一般雇用枠で健常者と競争するより、採用率はあがります。また、障害者として採用されることで、能力を発揮するために必要な合理的配慮を受けることができます。これにより、障害特性による働きづらさが軽減されます。

「障害があるから配慮して欲しい」と声高に訴えても、障害者として採用されなければ十分な配慮を受けられないケースも多いです。手帳を持つということは、企業との相互理解を深め、自分自身を守ることにつながります。

デメリットは、一般雇用枠と比較して給与水準が低い点にあります。これは、障害者手帳を持っていて、なおかつ障害者枠で雇用されていることに起因します。個人的には「給与水準」と「十分な配慮」はトレードオフの関係にあると思っているので、社会変容や自身の成長によって、給与格差は徐々に解消されていくと思っています。

発達障害の特性のある子どもが将来の仕事に就くために、どんなことをしたらいいか

子どもたちの「弱み」と「強み」を大人がしっかり理解することです。そこに大人の価値観による “決めつけ” はあってはなりません。本人の意思で自覚できることが大切です。

「弱み」とは、障害特性で配慮してほしい部分です。克服すべきものではありません。「特性だからできなくて仕方ない」と割り切っていいのですが、周囲から理解されるのを待っているだけではダメ。どんな配慮が必要かを言語化し、他人に伝えられるようにならなくてはなりません。

「強み」とは、文字通り得意なことです。夢中になれることでもいい。「障害特性に十分に配慮された環境があった場合、あなたには何ができますか?」という問いに答える準備をしておいてください。障害者であっても健常者であっても、自分の強みが伝えられなければ企業にとって魅力的な人材にはなりません。

今の子供たちにとって「普通のことが普通にできる」ことは将来の「強み」にはりません。「発達障害者」と一括にせず、子どもたちの個性を「弱み」と「強み」に因数分解してあげる。これが子どもたちの将来のために必要な支援です。

仕事場での配慮のほかに、企業側が配慮している事はありますか?

会社は “仕事” をする場所なので、仕事をするために必要な配慮以外ないと思います。ただ、採用競争力や定着率をあげる目的で、独自に福利厚生を充実させている企業はあります。

障害者雇用から漏れてしまうグレーゾーンの方への支援なども今後は増えたりするものなのでしょうか。

障害者(すでに障害者手帳を持っている方)の就業率が低い現状もあるので、グレーゾーンの方への支援はまだまだ進まない気がしています。

ジョブコーチに現場でしてほしい具体的な事

支援する企業が属する業界の特性やビジネスモデルの理解が進むとよいと思います。障害者雇用の継続において、企業が最も苦労するのが業務の切り出しです。一口に企業といっても、製造業界、食品業界、IT業界、ゲーム業界など、業界によって内在している仕事はさまざまです。

「障害者雇用は慈善事業ではない」という前提で、その企業が本質的に求めているものを理解し(理解しようと努力し)、特に業務の切り出しについて最適な助言ができるなら、それは非常に価値のあることです。その一方で、当事者目線に傾倒し、どの企業であっても画一的な助言しかできないジョブコーチの価値は薄れていくのではないでしょうか。

特性子会社は、利益が出せない会社が多いと聞いている。利益まで上げるために、どれくらい時間がかかったのか知りたい。

私が代表をしていた特例子会社の場合、3〜5年はかかりました。企業によって期間はさまざまです。ただ、利益を出す必要も、利益を伸ばし続ける必要もないです。利潤を追求するのではなく収支トントンでいい。企業として、自立自走ができれば十分だと思います。

実際に、発達障害者への物的な配慮、心理的な配慮のケースバイケース、成功例など。

一朝一夕に語れない部分が多いのですが、以下の記事にまとめていますので、ぜひ一度ご覧ください。

特例子会社の社長奮闘記(8)
8回目の記事「特例子会社の改善(合理的配慮の強化、社内制度の充実、採用、人材育成など)」について書きました。人事経験ゼロから取り組んだ発達障害者の雇用と戦力化。本職であるマーケティングの考え方を活かし、特例子会社の代表として取り組んだことを「特例子会社の社長奮闘記」として残していきたいと思います。

マイペースな方への、時間の管理、勤怠管理の指導の工夫について

発達障害者に限らず、健常者でもマイペースな方はたくさんいます。基本的には、その人のペースで無理のない範囲で仕事をしてもらうのが前提。ただ、マイペースな方というのは「視野がせまく、自己中心的だ」と周囲から思われやすいので、1 on 1 を通じて定期的な現在地の確認(良い点と改善点の認識合わせ)をするといいと思います。

現状の社会では、診断を受けていなかったり、クローズドで働いている人が多く、その方が正社員になれて、病欠がとれて、長期有給がとれて、など収入面でもメリットが多いような気がしますが、これからは診断や手帳があるほうがいいのか、など聞きたいです。
学校でも、診断を受けてない児童、生徒の方が差別もなく、交流学級では性格と受け取られ、その子らしい振る舞いができているので、うちの子が診断を受けたこと、学校に伝えたことを後悔しています。

一般的には、健常者であるほうがメリットが多いのが現実です。ただ、一番大切なのは当事者である本人がどう思っているかです。診断を受け、学校や会社にそれを伝えることで「特別に配慮してもらえる」というメリットがあります。そして「今まで自分がうまくいかなかったのは障害のせいだったんだ」と安堵し、自己肯定感を得られているかもしれません。

身近にある「健常者の世界」と比較し、悔やむ気持ちはわかります。それでも、本人の生きづらさが軽減され、楽しく学校生活をおくれていれば、今はそれで十分だと思います。世界は広いです。人生も長いです。今見えている「健常者の世界」なんて、そのほんの一部でしかないので。

採用のポイントを詳しく。業務の切り出しをどうしているか?

採用については以下の記事で、

発達障害者の採用で考えていること
特例子会社の経営のなかで発達障害者の採用、最終面接をしていて感じたことを書きました。ご興味ある方はぜひご覧ください。

業務の切り出しについては、以下の記事で書いています。

障害者雇用の難課題「業務の切り出し」
障害者雇用の難課題「業務の切り出し」。特例子会社を通じて一定の成果をあげた経験から、持続可能な障害者雇用における「業務の切り出し」の重要さ、そしてそれを行うポイントについて書きました。ご興味ある方はぜひご覧ください。

小学生、中学生のうちから、就職へむけて支援していくのに、具体的にどんなことをしていったらいいか

前述した通り「弱み」と「強み」を正確に理解することです。発達障害者の支援は、いわゆる「普通」になるためにどうすればいいか、「普通の社会」になじむには何が足りないか、という視点になりがちです。ただ、これからの社会で「普通」であることの価値は下がっていきます。

凸凹の凹(弱み)は、それをしっかり認識して必要な配慮を言語化できれば十分。それを克服するよりも、多種多様な経験や機会を大人が与え、実体験を通じて 凸(強み)になること=夢中になれることを見つけてあげてください。

発達障害の就業に向いている職種

「発達障害だから向いている職種」というのはありません。発達障害者が100人いればその個性は十人十色。100種類の向いている職種があります。画一的に一括にせず、個に向き合うことが大切だと思います。

障がい者雇用をコストで終わらせず経済的合理性を追及するというお話がとても興味深かったので、今日もいくつか具体例を上げていただきましたが、より詳しいお話を伺いたいです。

少し古い記事ですが、ぜひこちらをご覧ください。

社員の7割以上が発達障害。「経済合理性があるからやっている」社長の思い
「障害者の採用が利益になり、社会課題の解決にもつながるなら、誰も文句は言わない」

障害当事者だけでなくジョブコーチ、相談員など周りとのやりとりの中で困った事などはあるか。要望など。

ジョブコーチや相談員の方が「企業側の事情」を深く理解すると、支援の質がもう一段あがると思います。前述した通り、障害者雇用は慈善事業ではありません。誤解を恐れずに言えば、障害者雇用であってもコストはできるだけ抑えたいし、仕事の受注量は増やしていきたい。

そういった企業の力学がある一方、障害者を助けたい一心で過度に福祉目線を持っているジョブコーチや相談員の方と会話するとうまく噛み合わない。表層的な連携だけで終わってしまいます。

健常者にも言えることですが、雇用後3年という壁が越えられず、特に理由もないのに3年で退職希望する人が多く、そんな時の声掛けや心変わりしてもらえるような声掛けなどを具体的に教えてほしいです。

平均勤続年数の減少は時代の変化を表していると思います。人口減少により、いたるところで人手不足が慢性化する一方、インターネットによって求人情報へのアクセスがしやすくなり、転職も当たり前になりました。「声掛け」だけで心変わりしてもらえるような時代ではありません。大切なのは「声掛け」が必要になる前に、本人の変化をキャッチすること。

定期的な 1 on 1 によって現状の不満や将来のキャリアについて継続的なヒアリングを行い、企業側が先回りして本人の不安を解消してあげることです。もちろん、100%解決できるものではないですが、社員個々の立場に寄り添う姿勢だけでも、社員の定着率をあげる手段として有効だと思います。

さいごに

本記事では「発達障害もしくはその疑いのある子どもが仕事に就くために、幼少期にどんな支援が必要か」という質問が印象に残りました。私は「子どもをどう支援するか」の前に「支援する側の大人が変わらなくてはいけない」と思っています。

高度経済成長期が終わり、時代は工業社会から情報社会へを大きく変化しました。その変化に適応できていない大人が、今後さらに変わりゆく時代を生きる子たちを支援をしたところで、それは本人のためになっているのか疑問です。子どもたちの可能性を狭めていないでしょうか?

子どもたちを支援する中で、スマートフォンを使いこなして情報収集をし、多種多様な機会を見つけ出し、SNSで積極的に情報発信している人はどのくらいいるでしょう。子どもたちの未来は、支援する大人の視野以上には開かれないということを、あらためて考えさせられました。